先日,自宅にフィリピンから電話がかかってきました。
2009年の約1年間,週に2回ほど自宅に来てくれて,掃除をしてくれていたフィリピン女性(まだ20代前半)からでした。その日,誰かからのメールでキンバリーが亡くなったことを初めて知って,すぐに電話をかけてくれたのでした。僕の携帯にもかけてくれたのですが,「通知不可能」のディスプレイだったので取らなかったので,自宅の方にかけたところ,僕が在宅していたので話すことができました。キンバリーの体調が思わしくないとき,彼女が来てくれたあとの我が家はまるで別の家のようにきれいに整頓されていました。もともとは,看護士の資格を取るために札幌の専門学校に通うために来日したのですが,少しでも収入が必要な彼女と我が家のニーズが合致して,来てくれることになったのでした。たどたどしい英語でキンバリーへのお悔やみと僕と彩のことを気づかう言葉をかけてくれました。本当に嬉しかった。
そして,翌日,フェイスブック宛に彼女からのメールが来ました。札幌にいる間に,どんなにキンバリーに優しくしてもらえたか,それで自分はsurviveすることができたとのメーセッージでした。キンバリーは彼女の相談相手にもなっていて,それが心の支えになったと感謝の言葉が書いてありました。1年以上もキンバリーのことを知らせることができなかったことをお詫びしました。フィリピンの連絡先が分からないので,伝えようがなかったのです。
キンバリーに逢いたいです。
先日,彩が6歳のとき,釧路湿原に行ったときのビデオを見てしまいました。ガイドに案内されて湿原を楽しそうに歩いている彼女の姿が写っていました。あの笑顔と笑い声・・・
ベートーベン ディアベリの主題による変奏曲 ポリーニ(p)を聴きながら
2011年7月19日火曜日
2011年7月15日金曜日
英語の仕事
キンバリーの両親の友人でもあり,アメリカでの結婚式にも来てくれた,コネチカットで弁護士をしているピーターからメールがきました。彼の依頼人であるアメリカの放射線測定器メーカーが日本で試作品のテストをする予定で,それに関する責任問題の発生を事前に防止する英文の法的文書をチェックしてアドバイスしてもらえないかという仕事の依頼でした。
以前にも書いたことがありますが,英語が関係する仕事が来ると,そばにキンバリーがいてくれてどんなに助かったかを痛感します。
僕の英語は,中学入学から始まった,ごく普通のスタートでしたが,ビートルズを入り口のようにして,とにかく英語が好きで,英語ばかりやっていたようなものでした。当時(40年以上前)は今のように豊富な英語教材はないので,研究者の時事英語研究という雑誌のテープを何回も聴いていました。今でも,ロバート・ミッチャムの息子であるクリス・ミッチャムとオリビア・ハッシー(布施明と結婚したのにはびっくりしましたが,「ロミオとジュリエット」での美しさには圧倒されました)の主演した映画でのセリフが頭の中で再現できるほど聞き込んだりしました。同時通訳のパイオニアである國弘正雄氏がNHKテレビで「トークショー」という30分の番組をやっていて,毎回,さまざまな分野の外国人をゲストに議論するとても内容の濃いのをテレビからカセットテープに録音して何度も聴くというのをやったりもしていました。
先日会合で会った,某大手ハウスメーカーの支店長が,「わが社でもいよいよトーイックを受験することが義務になりました。」と言っていましたが,同じような企業が相当増えているようです。
このトーイックですが,その点数で昇進に影響がでるとかということがあるようですが,果たして,そんなに重視されるべきものか少々疑問です。本当の英語が使えるかどうかはこのテストでは分からないと思うからです。
3年ほど前に僕も受けてみました。10数年前に835点を取ってやめていたので,今はどんなものか試しで受けてみたのです。910点でした。正直,あまり出来が良くないなあと思っていたので意外でした。そして,トーイックってこんなものなんだ,この点数がいいからといったってあんまり意味はないなあと思い,それ以来受験していません。もっと,本物の英語力をつけたいと思いました。
キンバリーと一緒に英語で議論することができないのがとてもとても寂しく悲しいです。
ARCTIC MONKEYS SUCK IT AND SEE を聴きながら
以前にも書いたことがありますが,英語が関係する仕事が来ると,そばにキンバリーがいてくれてどんなに助かったかを痛感します。
僕の英語は,中学入学から始まった,ごく普通のスタートでしたが,ビートルズを入り口のようにして,とにかく英語が好きで,英語ばかりやっていたようなものでした。当時(40年以上前)は今のように豊富な英語教材はないので,研究者の時事英語研究という雑誌のテープを何回も聴いていました。今でも,ロバート・ミッチャムの息子であるクリス・ミッチャムとオリビア・ハッシー(布施明と結婚したのにはびっくりしましたが,「ロミオとジュリエット」での美しさには圧倒されました)の主演した映画でのセリフが頭の中で再現できるほど聞き込んだりしました。同時通訳のパイオニアである國弘正雄氏がNHKテレビで「トークショー」という30分の番組をやっていて,毎回,さまざまな分野の外国人をゲストに議論するとても内容の濃いのをテレビからカセットテープに録音して何度も聴くというのをやったりもしていました。
先日会合で会った,某大手ハウスメーカーの支店長が,「わが社でもいよいよトーイックを受験することが義務になりました。」と言っていましたが,同じような企業が相当増えているようです。
このトーイックですが,その点数で昇進に影響がでるとかということがあるようですが,果たして,そんなに重視されるべきものか少々疑問です。本当の英語が使えるかどうかはこのテストでは分からないと思うからです。
3年ほど前に僕も受けてみました。10数年前に835点を取ってやめていたので,今はどんなものか試しで受けてみたのです。910点でした。正直,あまり出来が良くないなあと思っていたので意外でした。そして,トーイックってこんなものなんだ,この点数がいいからといったってあんまり意味はないなあと思い,それ以来受験していません。もっと,本物の英語力をつけたいと思いました。
キンバリーと一緒に英語で議論することができないのがとてもとても寂しく悲しいです。
ARCTIC MONKEYS SUCK IT AND SEE を聴きながら
2011年7月13日水曜日
55歳になりました
11日で55歳になりました。娘と二人で大通西6丁目にあるうなぎ屋さんに行って,鰻重を食べてきました。彩が「お父さんの好きなもの食べよう」と言ってくれたので,久しぶりにうなぎにしました。
この店は,昔,南3条西3丁目で海鮮の店をやっていて,家族で何度も行っていました。1996年5月に札幌で披露宴をしたのですが,アメリカからキンバリーの家族全員が来てくれて,前日にその店で食事をしたことが懐かしいです。キンバリーはアメリカ人なのに?くじらベーコンが好きで,必ず注文していました。彩が生まれてからも,ときどき行っていたのですが,鰻屋さんになってからはキンバリーは行ったことはありませんでした。
中学2年生になった彩を見て,おかみさんが「大きくなりましたね。あんなにちっちゃかったのに」と言ってくれました。キンバリーが亡くなったことを伝えると,一瞬言葉を失っていましたが,彩に「辛いでしょうけれど頑張ってね」と激励してくれました。
去年の誕生日はニューヨークにいました。キンバリーが6月16日に亡くなったあと,いつ日本に帰るかということになったのですが,誕生日はニューヨークにいたいと思いました。キンバリーと初めての僕の誕生日を過ごしたのがニューヨークなので,そのときのことを思い出していました。
キンバリーのいない誕生日は,本当に味気ないものでした。
これが今後何年も続くのかと思うと・・・
この店は,昔,南3条西3丁目で海鮮の店をやっていて,家族で何度も行っていました。1996年5月に札幌で披露宴をしたのですが,アメリカからキンバリーの家族全員が来てくれて,前日にその店で食事をしたことが懐かしいです。キンバリーはアメリカ人なのに?くじらベーコンが好きで,必ず注文していました。彩が生まれてからも,ときどき行っていたのですが,鰻屋さんになってからはキンバリーは行ったことはありませんでした。
中学2年生になった彩を見て,おかみさんが「大きくなりましたね。あんなにちっちゃかったのに」と言ってくれました。キンバリーが亡くなったことを伝えると,一瞬言葉を失っていましたが,彩に「辛いでしょうけれど頑張ってね」と激励してくれました。
去年の誕生日はニューヨークにいました。キンバリーが6月16日に亡くなったあと,いつ日本に帰るかということになったのですが,誕生日はニューヨークにいたいと思いました。キンバリーと初めての僕の誕生日を過ごしたのがニューヨークなので,そのときのことを思い出していました。
キンバリーのいない誕生日は,本当に味気ないものでした。
これが今後何年も続くのかと思うと・・・
2011年7月6日水曜日
読書アンケートの勧め
政治家の言葉が政治や社会を混乱させた事例は過去枚挙にいとまがありませんが,今回の松本復興大臣の辞任劇もあきれるばかりです。
今国政に携わっている議員たちにこれまでどんな書物を読んできたのかのアンケートを取るといいと思います。それによってその人間が信頼に足るものかどうかがかなりはっきりと分かると僕は思います。
何年前か忘れましたが,最高裁判事の国民審査のための各判事の経歴等を紹介する新聞記事を覚えています。そこには各判事が関与した裁判の紹介などとともに,「愛読書は何か」という質問に対する回答が載っていました。それを見て驚きました。7~8人の国民審査の対象となる判事のうち,(記憶は正確ではありませんが)4人くらいが塩野七生 著「ローマ人の物語」を挙げていたのです。ちょうどその頃,このシリーズが話題のベストセラーになっていたのでした。
この本を読むことがいけないということは全くありません。僕も全巻持っています。
しかし,日本の司法の最高機関である最高裁判事が4人も同じベストセラー本を愛読書として挙げているということに僕は正直がっかりしました。新聞用と考えて,一般受けするような本を選んだのかもしれませんが,同じことがアメリカの最高裁判事だったらあり得ない回答だと思いました。
「古典」といわれる書物の名前が挙がることを期待する僕は古いのかもしれませんが。
誰のことだったか忘れましたが(不確かな記憶に自分でがっかりしてます),欧米の政治家がある困難な局面に立たされたとき,まずやったことが,イギリスの首相だったチャーチルの「第二次世界大戦回顧録」を書棚から取り出して読むことだったということを何かで読んだことがあります。そのエピソードに感動しました。
先日亡くなった児玉清さんが,ほとんど最後に書いた原稿の中で,大震災後の政治家たちの言動に対して「幼稚きわまりない」と痛罵していたことをテレビ番組で知りました。凄い読書家だった児玉さんですが,きっと「政治家どもはろくな本を読んでいないに違いない」と呆れ返っていることと思います。
バッハ オルガン曲集 プレストン(オルガン)を聴きながら
今国政に携わっている議員たちにこれまでどんな書物を読んできたのかのアンケートを取るといいと思います。それによってその人間が信頼に足るものかどうかがかなりはっきりと分かると僕は思います。
何年前か忘れましたが,最高裁判事の国民審査のための各判事の経歴等を紹介する新聞記事を覚えています。そこには各判事が関与した裁判の紹介などとともに,「愛読書は何か」という質問に対する回答が載っていました。それを見て驚きました。7~8人の国民審査の対象となる判事のうち,(記憶は正確ではありませんが)4人くらいが塩野七生 著「ローマ人の物語」を挙げていたのです。ちょうどその頃,このシリーズが話題のベストセラーになっていたのでした。
この本を読むことがいけないということは全くありません。僕も全巻持っています。
しかし,日本の司法の最高機関である最高裁判事が4人も同じベストセラー本を愛読書として挙げているということに僕は正直がっかりしました。新聞用と考えて,一般受けするような本を選んだのかもしれませんが,同じことがアメリカの最高裁判事だったらあり得ない回答だと思いました。
「古典」といわれる書物の名前が挙がることを期待する僕は古いのかもしれませんが。
誰のことだったか忘れましたが(不確かな記憶に自分でがっかりしてます),欧米の政治家がある困難な局面に立たされたとき,まずやったことが,イギリスの首相だったチャーチルの「第二次世界大戦回顧録」を書棚から取り出して読むことだったということを何かで読んだことがあります。そのエピソードに感動しました。
先日亡くなった児玉清さんが,ほとんど最後に書いた原稿の中で,大震災後の政治家たちの言動に対して「幼稚きわまりない」と痛罵していたことをテレビ番組で知りました。凄い読書家だった児玉さんですが,きっと「政治家どもはろくな本を読んでいないに違いない」と呆れ返っていることと思います。
バッハ オルガン曲集 プレストン(オルガン)を聴きながら
2011年6月29日水曜日
訂正 その他
先程のブログで「温かさ」を感じるのは「アメリカ人の方が」で,「日本人と」は削除します。
読み返したのですが,他にも誤植があったりして,もしこういう形で裁判所の準備書面を提出したら恥ずかしいですね(何度かそんな経験あります)。
彩が担任に「食事は誰が作っているの?」ときかれたそうで,彩は「父です。でも最近同じメニューが続いていて正直飽きてきてます」と答えたと聞かされました。
早速,ネットで簡単レシピを検索して「厚揚げとキャベツの生姜みりん醤油炒め」というものを昨日の夕食に作りました。レシピにはないピーマンとしめじを加えて。好評でした。「やればできるんだね。」と言われました・・・
食材の買い物は,自宅近くの生協ですることが多く,組合員になってポイントが溜まって500円券が発行されるとちょっと嬉しくなったり,「主夫」生活です。帰り道,こうやってキンバリーのいない自宅に買い物をして帰るという生活がこれからもずっと続くのかと思うと,やるせなくなることがあります。
繰り返し,ブランデンブルグ協奏曲を聴きながら(バッハはやっぱりいいです)
読み返したのですが,他にも誤植があったりして,もしこういう形で裁判所の準備書面を提出したら恥ずかしいですね(何度かそんな経験あります)。
彩が担任に「食事は誰が作っているの?」ときかれたそうで,彩は「父です。でも最近同じメニューが続いていて正直飽きてきてます」と答えたと聞かされました。
早速,ネットで簡単レシピを検索して「厚揚げとキャベツの生姜みりん醤油炒め」というものを昨日の夕食に作りました。レシピにはないピーマンとしめじを加えて。好評でした。「やればできるんだね。」と言われました・・・
食材の買い物は,自宅近くの生協ですることが多く,組合員になってポイントが溜まって500円券が発行されるとちょっと嬉しくなったり,「主夫」生活です。帰り道,こうやってキンバリーのいない自宅に買い物をして帰るという生活がこれからもずっと続くのかと思うと,やるせなくなることがあります。
繰り返し,ブランデンブルグ協奏曲を聴きながら(バッハはやっぱりいいです)
友人 friend と 知人 acquaintance
今朝の朝食時の彩との会話でした。
彩 「学校で,お父さんとけんかしちゃった,たいした理由はないんだけど,最近いろいろあっていら
ついてたからかな・・・というようなこと彩は友達につい話しちゃう。」
私 「でも,友達はそういう話しないだろ?」
彩 「うん,日本にはそういう習慣ないからね」
彩が「習慣」という言葉を使ったのは,自分の知っているアメリカの家族の普段の会話や学校での友達との会話が日本とはかなり違うということを知ってのことでした。アメリカでは,友達どうしでお互いの家族のことを,何のことはない日常であったことなどを気軽に話したりするのは普通のことですが,日本ではそういう「習慣」はあまりありません。
会話は続きました。
私 「よく欧米は個人主義で日本は集団主義っていうけど,どう思う?」
彩 「要するに世間というか社会の中では日本は集団主義で,個人的をことになると秘密主義って
いうか・・・」
私 「アメリカだと,ある程度親しくなると,お互いの家庭のこととかかなり何でも話すようになるけ
ど,日本は「プライベート」なことには立ち入らないなんて感じで,表面的なつきあいで終わってい
ることが多いよね。」
彩 「ちょっと極端な話だけど,クラスメートに父親がいるのかどうかも知らないからね。でもそういう
社会なんだから仕方ないんじゃない・・・」
今回のタイトルは,このことと関係があります。
キンバリーは「札幌にはacquaintanceはいるけどfriendはいない」と言っていたことがありました。
「友達」という言葉の持つ意味,深さというものが日本とアメリカとではずいぶん違うと違うと感じます。日本で「友達」と言っても,アメリカ的にはacquaintance というべき関係が多いと感じます。
キンバリーは,乳ガンと向き合う生活の中で,そんな風に感じて,寂しくなってアメリカに帰りたいと思うようになっていたのでした。
こう書いてしまうと,キンバリーを慕っていた人たちの気持ちを害することになるかもしれませんが・・・
大分前のブログで日本はテレパシー社会だと書いたことがあります。それと同じことです。
「プライバシー」の意味が日本とアメリカでは全く違うと思います。学校でクラスメートの自宅の電話番号を外部に知られないように秘密にするために,クラスメート同士でも分からないようにするのが日本の「プライバシー」です。
こんなたとえはどうでしょうか。
それぞれの人間がもっている個人的な世界が「プライバシー」という名前の球体としてあるとします。その中身は自分の名前・生年月日・職業・趣味・世界観その他たくさんのものが入っています。
球体の表面から中心の核に向かって,まず名前などのどちからというと表面的なプライバシーから始まり,中心に向かって,だんだんとその人の尊厳(ちょっと難しいですが,絶対に人には譲れない侵すことを許さないその人の本質的なものとでもいいますか)という核に向かってその内容が濃くなっていきます。「プライバシー」といってもいくつもの「レベル」があります。
日本の「プライバシー」はこの表面が境界線のようなものです。そこを超えて立ち入ると「プライバシー侵害」です(あえて極端に言います)
(僕の知っている限りでの)アメリカでは当然のことながら表面を超えてかなり深いところまで立ち入ることになっても「プライバシー」を侵害したとは受け取られません。残念ながら,日本人とアメリカ人の方が,知り合って間もない段階でも「温かさ」を感じることが少なくありません。それは「プライバシー」というものに対する考え方が全く違うからではないかと思っています。
「文化の違い」という声が聞こえてくるような気がしますが,そういう紋切り型の常套句ではすまないものがあると僕は思っています。
ジェームズ・テイラーやキャロル・キングの歌にyou’ve got a friend という名曲があります。
「君の友達」と日本の題名がついていますが,ここで歌われている friend という言葉の持つ意味は,日本人が普通に考えている「友達」とは相当にその意味が異なっていると思います。
バッハ・ブランデンブルグ協奏曲を聴きながら
彩 「学校で,お父さんとけんかしちゃった,たいした理由はないんだけど,最近いろいろあっていら
ついてたからかな・・・というようなこと彩は友達につい話しちゃう。」
私 「でも,友達はそういう話しないだろ?」
彩 「うん,日本にはそういう習慣ないからね」
彩が「習慣」という言葉を使ったのは,自分の知っているアメリカの家族の普段の会話や学校での友達との会話が日本とはかなり違うということを知ってのことでした。アメリカでは,友達どうしでお互いの家族のことを,何のことはない日常であったことなどを気軽に話したりするのは普通のことですが,日本ではそういう「習慣」はあまりありません。
会話は続きました。
私 「よく欧米は個人主義で日本は集団主義っていうけど,どう思う?」
彩 「要するに世間というか社会の中では日本は集団主義で,個人的をことになると秘密主義って
いうか・・・」
私 「アメリカだと,ある程度親しくなると,お互いの家庭のこととかかなり何でも話すようになるけ
ど,日本は「プライベート」なことには立ち入らないなんて感じで,表面的なつきあいで終わってい
ることが多いよね。」
彩 「ちょっと極端な話だけど,クラスメートに父親がいるのかどうかも知らないからね。でもそういう
社会なんだから仕方ないんじゃない・・・」
今回のタイトルは,このことと関係があります。
キンバリーは「札幌にはacquaintanceはいるけどfriendはいない」と言っていたことがありました。
「友達」という言葉の持つ意味,深さというものが日本とアメリカとではずいぶん違うと違うと感じます。日本で「友達」と言っても,アメリカ的にはacquaintance というべき関係が多いと感じます。
キンバリーは,乳ガンと向き合う生活の中で,そんな風に感じて,寂しくなってアメリカに帰りたいと思うようになっていたのでした。
こう書いてしまうと,キンバリーを慕っていた人たちの気持ちを害することになるかもしれませんが・・・
大分前のブログで日本はテレパシー社会だと書いたことがあります。それと同じことです。
「プライバシー」の意味が日本とアメリカでは全く違うと思います。学校でクラスメートの自宅の電話番号を外部に知られないように秘密にするために,クラスメート同士でも分からないようにするのが日本の「プライバシー」です。
こんなたとえはどうでしょうか。
それぞれの人間がもっている個人的な世界が「プライバシー」という名前の球体としてあるとします。その中身は自分の名前・生年月日・職業・趣味・世界観その他たくさんのものが入っています。
球体の表面から中心の核に向かって,まず名前などのどちからというと表面的なプライバシーから始まり,中心に向かって,だんだんとその人の尊厳(ちょっと難しいですが,絶対に人には譲れない侵すことを許さないその人の本質的なものとでもいいますか)という核に向かってその内容が濃くなっていきます。「プライバシー」といってもいくつもの「レベル」があります。
日本の「プライバシー」はこの表面が境界線のようなものです。そこを超えて立ち入ると「プライバシー侵害」です(あえて極端に言います)
(僕の知っている限りでの)アメリカでは当然のことながら表面を超えてかなり深いところまで立ち入ることになっても「プライバシー」を侵害したとは受け取られません。残念ながら,日本人とアメリカ人の方が,知り合って間もない段階でも「温かさ」を感じることが少なくありません。それは「プライバシー」というものに対する考え方が全く違うからではないかと思っています。
「文化の違い」という声が聞こえてくるような気がしますが,そういう紋切り型の常套句ではすまないものがあると僕は思っています。
ジェームズ・テイラーやキャロル・キングの歌にyou’ve got a friend という名曲があります。
「君の友達」と日本の題名がついていますが,ここで歌われている friend という言葉の持つ意味は,日本人が普通に考えている「友達」とは相当にその意味が異なっていると思います。
バッハ・ブランデンブルグ協奏曲を聴きながら
2011年6月24日金曜日
アメリカの弁護士ジョーク
牧師・医師・弁護士がゴルフ場でラウンドをしていました。
前の組の進行速度が非常に遅いので,ゴルフ場支配人に「どういう人がプレーしているのか」と訊きました。
支配人「チャリティコンペで目の見えない方々がプレーしています。」
それを聞いて
牧師「あの方々の目が見えるようになるように神にお祈りしましょう。」
医師「視力回復の名医を紹介して,目が見えるようにしてあげたい。」
弁護士「目が見えないのなら,夜にやってもらいたいもんだ。」
本当にアメリカの弁護士ってひどい人間ですね(笑)。
日本人にはピンと来ないですが。
ジェイムス・ジョイスの「ユリシーズ」が原書で115頁まで進んできました。700頁以上あるのでまだ7分の1です。6月16日がしばらく続きそうです。
友人のダイアンが,カセットテープ時代のビデオカメラで撮った家族のビデオなどをDVD化する作業をやってくれています。15本を彼女に預けて,少しずつやってもらっていて,この前5枚のDVDをもらいました。
でも,まだ中身を見ることができません。心の準備ができていません。
jim o’rourke insignificance ped-23192 を聴きながら
前の組の進行速度が非常に遅いので,ゴルフ場支配人に「どういう人がプレーしているのか」と訊きました。
支配人「チャリティコンペで目の見えない方々がプレーしています。」
それを聞いて
牧師「あの方々の目が見えるようになるように神にお祈りしましょう。」
医師「視力回復の名医を紹介して,目が見えるようにしてあげたい。」
弁護士「目が見えないのなら,夜にやってもらいたいもんだ。」
本当にアメリカの弁護士ってひどい人間ですね(笑)。
日本人にはピンと来ないですが。
ジェイムス・ジョイスの「ユリシーズ」が原書で115頁まで進んできました。700頁以上あるのでまだ7分の1です。6月16日がしばらく続きそうです。
友人のダイアンが,カセットテープ時代のビデオカメラで撮った家族のビデオなどをDVD化する作業をやってくれています。15本を彼女に預けて,少しずつやってもらっていて,この前5枚のDVDをもらいました。
でも,まだ中身を見ることができません。心の準備ができていません。
jim o’rourke insignificance ped-23192 を聴きながら
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