2010年11月26日金曜日

理解できないこと

前回書いたことについて,共感してくれた読者?の方がいたので継続して書きます。
妻が亡くなったあと,しばらくアメリカに滞在し,妻との思い出の場所を娘と訪れたりして過ごし,7月中旬に帰ってきました。妻の遺骨と一緒に。脱線しますが,遺骨の扱いにも日米の違いが現れていて興味深かったです。ニューヨークのJFKの検査には手間取りました。予め検査の際に遺骨について面倒になっては困るので,オーク材の骨箱の中身が妻の遺骨であることを証明する書類を発行してもらっていました。JFK の検査場でその書類を見せ,検査機の中を通過して無事に済みました。
成田でも同じ事態となりました。妻の遺骨であることを係員に説明し,その証明書を見せると,係員は警察官を呼び,警察官が書類を一瞥して「どうぞお通りください」と言ってくれました。ここで日米の違いがあったのですが,成田では骨箱を検査機を通さずに済みました。遺骨に対する敬意というか特別なものであるので検査機を通すことは失礼だという気持ちを感じました。安全性の点からすると少々問題なのかもしれませんが,「日本に帰って来たのだな」というようなちょっと感激した気持ちを抱きました。

そんな日本ですが,日常生活での人間の気持ち,態度については前回書いたような非人間的・非常識・冷酷な言動を取る人間が少なくないことがよーく分かりました。

日本に戻り,慌ただしくアメリカに向けて経ったままの自宅での生活は辛いものがありました。妻の靴・服・食器・・・・・1階の居間にいると,いまにも2階から妻が降りてくるような気がして,声をかけたりしました。近所を歩くと,どこかから妻が僕を呼ぶ声が聞こえてくるような気がしました。北大病院が近くなので歩いて行ったときのことを思い出し,ゆっくりと歩く妻の姿が目に浮かびました。

裁判所に行く時間が来てしまいました。続きはのちほど。

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